物乞い野郎と僕

はじめに

半ば見切り発車で執筆をスタートしましたが、前回の内容である程度、僕の中で今後の方向性が定まった気がしました。なので、全体のタイトルを

『(あまり為にはならない)イタリアでの日々エッセイ』

にしました。

自分から書き始めておきながらこんなことを言うのも何ですが、“ブログ”という響きが僕にはどうもこそばゆいというか、少し違和感がありました。それに毎日、もしくはそれに近い頻度で綴っていくのは今後無理があるなと思い、しかし、書くからには取り留めなくでもそれなりにしっかりしたものを書きたいな、とも思い、大変おこがましく恐縮ですが“エッセイ”と名乗らせてもらうことにしました。

 

以後、拙い文章かつ毒にも薬にもならない内容ではありますが、引き続き御愛読頂けたら幸いです。

 

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僕がイタリアにはじめて来たのは、かれこれ10年以上前の旅行の時だった。それが人生初の海外旅行、そしてひとり旅でもあったので、沢山の刺激やカルチャーショックを感じたものだが、そのひとつはホームレスや物乞いの多さだった。日本にもホームレスはいるが、物乞いとなるとあまり見た記憶がない。

 

彼らは様々な方法で我々に物(主にお金)を要求してくる。ある者は街の中心地で観光客をターゲットにしたり、またある者はスーパーマーケットの前で買い物帰りの客のつり銭を目当てにし、時には停車中の電車の中で乗車客にせがんでくる者もいる(イタリアでは地下鉄以外、改札口のある駅はほぼないので、ほとんどの駅でたとえ切符を持っていなくても乗車することができる。勿論、車内での検札はある)。

 

数年前、とある街を旅行中に駅で切符を購入している際に突然、男が僕に

「お釣りちょーだい♫」

と、何らわるびれる気配もなくせびってきて、一周回ったあまりの潔さに感服してしまい、与えてしまったことがあった。勿論、少額の硬貨ではあったが。

 

フィレンツェで生活してみてわかったことがある。それは彼らが“物乞いという名の仕事”をしている、ということだ。

ひとり、よく見掛ける物乞いがいる。彼は身体が不自由らしく片方の腕で杖をつき、今にも倒れそうにフラフラしながら、もう片方の腕で紙コップを持ち、街を行き来する人々にそれを突き出し、

「腹減った〜〜、カネ恵んでくれ〜〜〜」

と言った調子で物乞いをしている。

ある時、スーパーで買い物をしている時に彼を偶然見掛けたのだが、驚くべきことに片手に杖を持ってはいるものの、なんら不自由することなく店内を歩き回っていたのだ。そのふてぶてしさたるや、まるで何の接触も無いのに痛がりながらファールをアピールする、どこぞのサッカー選手のように僕には思えた。

 

さらにもうひとり、普段は街中のゲームセンターの前で寂しげに体育座りをしながら、まるで

『もう何日も食事してないんだ...空腹で死んじゃうよ...』

とでも言わんばかりの眼差しで訴えかけてくる物乞いが、他の場所で水を得た魚の如くはしゃいでいたこともあった。

 

そんなズル賢い連中の中にひとり、僕にとって無視することのできない男がいる。

最初にその男に遭遇したのはまだフィレンツェでの生活を始めて間もない頃、買い物の帰り際の時だった。

男は僕に

「ボクはリヴォルノ(フィレンツェと同じトスカーナ州にある街)に住んでいるんだけど、あいにく今、帰りの運賃を持ち合わせてないんだ...申し訳ないがいくらか恵んでもらえると助かるんだけど...」

と、お金を求めてきたのだ。僕が丁寧に断ると男は

「何だよ使えねーな、ケチめっ!」

というような感じで僕を罵り、タバコをふかしながら去って行ったのだ。

 

それ以来、僕は何度もその男に遭遇することになる。それも様々なエリアで、である。大抵の物乞いは出没するエリアが決まっているものだが(縄張りなどもあるのかもしれない)、その男は神出鬼没、至るエリアに顔を出すのだ。ある時は駅の中で、またある時は大聖堂近く、そして別のまたある時は高級ブランドが軒を連ねる通りで、といった具合だ。

男は何度も僕に同様の口実でお金を求めてくるので、ある時は無視し、またある時は

「働きなよ」

「俺だって恵んで欲しいくらいだよ」

などと返答したりした。こうしたやりとりがあれば普通は次から僕のことを認識し、避けられてもおかしくないと思うのだが、何故か男はまた会うとリセットされたかのように同じ手口で僕にお金を求めてくるのだ。僕はいつしか、男をゲームのドラゴンクエストに現れるモンスター“メタルスライム”のように捉えるようになった。

 

ある時、仲間内で男の話題になった。フィレンツェの中心地は徒歩で回れる広さなので皆、男のことを知っていて、同じ手口でお金を求められたことがあるようだ。そしてやはり、それがかつて会ったことのある人であっても、だ。

そして、話題は男の国籍の話になった。男はやや訛りのある話し方が特徴のひとつで、まだイタリア語を鋭意勉強中の僕でも、少しクセのある話し方だな、とは感じていた。

顔立ちなども含め、1人の友人は“ウクライナ人”ではないかと言った。また、僕の通う語学学校の講師は“ハンガリー人”だと言い、別のスタッフの女性は

「あれはイタリア人よ。外国人の“ふり”をしてるのよ」

と言った。

『面白い。暴いてやろう、あの男の国籍を』

僕の中で好奇心が溢れ出し、次に男に遭遇したら尋ねてみることにした。

 

それ以来、僕は街を練り歩く度に男を探すようになった。しかし前述した通り、男は決まったエリアではなく、様々な場所に出没するので、なかなかチャンスは訪れなかった。

そんなある日、冬場のやや人気の少ない通りを歩いていた時、曲がり角から奴が現れたのだ。そう、僕にとっての“メタルスライム”が。

そして例の如く、僕にこう訴えかけてきた。

「ボクはリヴォルノに...」

くらいのタイミングで僕は食い気味に

「アンタ、どこ出身なの?」

そう僕が問うと、男は少し戸惑いながらも

「リヴォルノまでの運賃が...」

と繰り返す。僕も負けじと

「どこ出身なんだっ!」

と更にかぶせると、男は困惑しながら

「イ、イングリッシュ....」

と返答した。僕は

「よし、わかった。ありがとう」

と男に礼を言い、踵を返し男に背を向け、その場を去った。男は何やらまた、僕に文句の言葉を飛ばしてきたが、もはやどこ吹く風だった。

 

意気揚々と満足げに街を歩く僕の脳内では、ドラゴンクエストでレベルアップした際にかかるファンファーレが鳴り響いていた。